STORY

浪花酒造

「和醸良酒(わじょうりょうしゅ)」という言葉をご存知だろうか。

大阪の阪南市で日本酒の醸造業をいとなむ浪花酒造の社長・成子和弘さんによって、私はその言葉に出逢った。「造る人間の和が良い酒を醸しだす」ということだ。そして、酒造りをする人たちにとって、それは珍しい言葉ではないらしい。

ただ、時代が大量生産と大量消費を求め、国境も超えてグローバル化が進む現代において、一見、非効率的なこの“キャッチフレーズ”は前時代的なものに映る。でも成子さんは言う。酒造りにおいて「和醸良酒」の精神は、今も変わらない。

浪花酒造は、大阪府阪南市に残る唯一の造り酒屋である。創業は1700年代前半、江戸時代中期にまでさかのぼる。当時の大坂は「天下の台所」と呼ばれ、日本全国の物流・商業の中心地であった。そんな活気あふれる時代に誕生した浪花酒造は、和泉山脈を水源とする豊富な地下水に恵まれ、300年を超える永い時間を酒造り一筋に歩んできた。

そして、その証である木造の酒蔵は、国の登録有形文化財に指定され、今もまだびくともしない。浪花酒造は、日本酒の伝統と文化財の格式を重んじながら、地元と密着して営まれてきた。

社長曰く「うちの親父も自然と家業を継いだし、小さい頃からその後ろ姿を見て育ってきたもんですから、自分も当たり前のように10代目を継ぎました」

300年以上続く伝統の重みを感じさせず、ソフトな口調で話す成子さんのモットーは「手造りで心のこもった酒造り」である。どんなに機械化やコンピューター化の時代が来ようが、人の手で心のこもったお酒を造ることにこだわり続ける。

「酒の造り方は今も昔も基本は一緒です。でも目標とする味にするのには、やっぱり手間をかけなければなりません。例えば、今年は雨が多かったとか日照りが多かったとか、その年によって米のデキは絶対に違うんです。だから米の蒸し具合や麹の造り具合はその時の米の性格によって変えていかないといけません」

「それに毎年同じ田んぼの米を購入できるわけではないし、仮に同じ田んぼだったとしても去年と全く同じ米というのはあり得ません。ここが酒造りで一番難しいところです。だからどの年も、最初に仕込んだ1~2本で“今年はこんな感じやな”というのを見極めることが大切になってきます」

オートメーションされた設備では決して対応できない匠のワザ。その手間によって「生産量」は確保できずとも、浪花酒造が信念を曲げることはない。ただ、時代とともに変化する消費者の嗜好には常にアンテナを張っている。

「ここ30年ぐらい前までは常温か燗で飲む酒がほとんどだったんです。でも最近は冷やして飲む吟醸酒の方が圧倒的に多くなってきています。吟醸酒は米を小さく小さく削る必要があるんですが、その分、米を洗う時に水が浸み込むスピードは速くなります。要は、ちょっと水に漬け過ぎると蒸したときに米が柔らかくなりすぎます。だから、品質を保つには、この部分はデジタルに頼らざるを得ない。今はほとんどの工程で時間と温度を測りながら進めています。ただ、酒米を何分給水させるか、米を洗う水は何度が良いかという部分はアナログな感覚が大事。長年の経験ですね」

伝統と今の時流、ふたつを実現する酒造り。現場の空気を吸えば、これがいかに難しいことかを感じることができる。しかし、根底に「和醸良酒」という古くから変わらぬ“キャッチフレーズ”があることを知れば、その両立も叶わぬことでないと思えるから不思議だ。

「職人ひとりひとりに腕があっても、いがみ合ったり喧嘩したりしていたら良い酒ができるわけがありません。とにかく仲良く、みんながいつも笑顔で仕事していること。時代が経っても大切なことは変わりません」

「生産者として、やっぱり飲んでくれた人が美味いと言ってくれるのが一番の生きがい。うちの酒は、深い味わいで、甘口と辛口の間の中口。あとくちのキレがいい酒を目指しています。これは日本人だけでなく世界中の人にとって同じことだと思う。ぜひお酒そのものを楽しんでもらいたいですね」

和醸良酒――。人間のチカラを信じる男たちが情熱を傾ける日本酒を、味わってほしい。

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